プロジェクト進捗レポート

ゼロカーボンを考えることは、持続可能な森と地域づくりを考えること。 東大生と考える、森林再生と脱炭素。

エリア : 辰野町

森林が面積の8割を占める長野県。

世界的には森林伐採など過剰利用が問題になっている一方で、長野県をはじめ、日本の森林はむしろ使われずに放置されて荒廃。それによって、土砂災害の増加や保水機能の低下だけでなく、ゼロカーボンに貢献する森林の炭素吸収量の低下なども問題になっています。

では、持続可能な森づくりとゼロカーボンな地域へのシフトを実現させるために、どんな手立てを打てば良いのか。そんなテーマについて、長野県辰野町をフィールドに、東大生がリサーチ・事業構想・提案する「東京大学フィールドスタディ型政策協働プログラム(FS)」が始まりました。東大FSは全国数十ヶ所の自治体で同時に行われる全国的なプログラムです。

8月9日〜11日にかけて、第一回のフィールドスタディを実施。辰野町内で森づくりや森林を生かした事業づくりに取り組む地域プレイヤーをめぐり、辰野町の森林課題を調べ、眠っているポテンシャルを発掘しました。

本レポートでは、8月のフィールドスタディで得られた学びや、様々な自治体が共通して直面している森林課題、その実情をまとめました。

美しい里山風景が残る辰野町。しかし、手が入らない山も増え、森林荒廃の課題も

空き家DIYなど地域にあるものを再編集したまちづくりも盛んな辰野町

 

お金にならない、所有者が分からない、課題山積の森林をどうするか?

 

スタディツアーの最初は、辰野町の森林の現状など全体像を学ぶため、辰野町役場 産業振興課 林務係の上島係長さんと中畑さん、同じく辰野町で森林保全に取り組んでいる上伊那森林組合の根橋さんにお話を伺いました。

辰野町では、50年後の持続可能な森林を見据えて、森林ビジョン策定の真っ最中。ビジョン策定の取り組みのほか、町が直面するリアルな森林課題が共有されました。

辰野町の森林課題のなかで、特にボトルネックになっているのは、林業としてのビジネスがほとんど成り立っていないということ。町内面積の8割を占める森林のうち、木材など経済的価値が見込めるのは全体の3割にとどまり、残りの7割の森林は単純なビジネスとしては成り立たない。つまり、森林環境譲与税のような税金を投入して、森林保全をする他ないということでした。

また、仮に森林保全の財源が見込めたとしても、持ち主不明の森林が多く、森林の所有者特定や境界線の確定をしなければ、森に手を入れることができないことも課題の一つです。

森林を適切に管理して、炭素吸収源としての森づくりをするにしても、土地所有者不明の問題をどのように解決するかが重要であることが学生にもインプットされました。

 

薪の地産地消と、地域内経済循環。その可能性と難しさ

 

続いては、木材の利活用に民間として取り組んでいるトモリ舎代表・集落支援員の苫米地さんとのディスカッション。

苫米地さんが注目しているのは、薪の共同購入による、間伐材の利活用と地域内経済循環をともに促進していくCo-benefitを目指す取り組み。森林保全をした際の薪は山に残されたままであるケースも多く、また森林保全には多額の補助金も必要なので、間伐材を薪として地域内に販売することで、多少なりとも金銭的価値を生み出し、森林保全にかかるコストをトータルで減らしていくことを想定していました。

「間伐も薪作りも単体で黒字化を見込むのは難しいけれど、地域にある木から生活に必要な薪が買えて、さらに持続可能な森づくりにもつながる。まずはその循環が赤字にならずになるだけでも町にとっては大きなプラスだと思っています」(苫米地花菜さん)

一方で、その構想を実現するためには課題もあります。辰野町でフィールドワーク2日目に向かったのは、日本の里山風景が残る沢底地区。

ここでは、「さわそこ里山資源を活用する会」が薪作りに取り組んでおり、辰野町の近隣にある伊那市の薪ストーブ・薪宅配会社のディーエルディーに薪を供給しています。

ただ、もちろん薪づくりだけで収益化していくのは難しく、現状はシニア世代の副業的な位置付け。

「年金をもらっている私たち世代だからまだいいけれど、会も高齢化してきているし、若い人がやりたいと思ってもらうには、今の倍くらいの金額で売れないと厳しい」(会代表・有賀茂人さん)と現場の課題感も聞かれました。

後ろに見えているのは薪ストーブユーザーに供給するための薪置き場

 

1000年もつ美しく、災害に強い森づくり

 

気候変動の影響もあって、豪雨の頻度が高まっている今日、災害にも強い森をつくることは辰野町においても喫緊の課題になっています。

実際、辰野町でも以前の豪雨災害で土砂災害が発生、死者も出てしまったエリアが沢底地区にあります。

その災害発生エリアで地道な研究と、土砂災害を防ぐ新しいモデルを作ろうとしているのが、元信州大学農学部教授の山寺喜成さん。山寺さんは土砂災害や防災学の第一人者で、沢底地区生まれ、現在も沢底に住まわれています。

そんな山寺さんが取り組まれているのは、人と自然の力をかけ合わせて1000年もつ、美しく災害に強い森づくり。

「通常は、こういった土砂災害が起こると砂防ダムを作って土砂災害を防ごうとしますね。でもコンクリートは100年しか持ちません。それに景観も良くない。ですから、私は砂防ダムの周りに、欅など樹齢が長く、深く広く根を張ってくれる木や、桜など美しい景観を演出してくれる木々を植林することで、1000年もつような、美しく、災害にも強い森づくりに取り組んでいるんです。」

また、山寺さんいわく、災害に強い森づくりのためには、植林の方法も重要だと言います。 

「木には直根と側根の2つがあります。直根は重力に従って地中深く根をはる、太い根です。そして、側根が水平に広がって木の安定力を高めてくれます。でも、現代の植林方法では、活着率を高めるために直根を切ってしまって、側根だけで植えてしまっている。直根は一度切ると二度は生えてこないので、地中と深く繋がった根がない、弱々しい木に育ってしまう。人間の都合で直根を切られた木が土砂災害に弱い森に繋がってしまっているのです」

戦後植林された木々は直根のない弱々しいものが多く、故に災害リスクも高いそう。健全な森づくりはゼロカーボンにつながるだけでなく、人命を守ることにもつながるのだと学ばされる山寺先生のお話でした。

メガソーラー候補地を、生物多様性を学ぶ環境教育フィールドに再生

 

今回のフィールドスタディでは、森林の手入れが重要であるという話は度々出てきましたが、やはり少子高齢化のなかで管理がほとんど放棄された森林も存在しています。

そんな使い道がない山々を野立てのソーラー発電所に変えていく動きもある一方で、傾斜地で災害リスクも高い場所であったり、住民合意が得られていなかった場合、その是非について議論になることも。ゼロカーボン社会にシフトしていく上では、発電効率の高いソーラー発電は重要な選択肢であり、長野県でもソーラー発電の普及は重要な課題ですが、いかに地域と共生したものにしていけるかについては、それぞれの地域で模索中と言えるでしょう。

辰野町の小野地区では、メガソーラーの建設計画があったエリアがあります。しかし、建設予定地が土砂の埋立地だったこともあり、土砂災害のリスクもあり、地域の要望によって、計画は白紙に。代わって、その森を新たに生物多様性や里山保全について学べる環境学習のフィールドに生まれ変わらせる町民プロジェクト「にれ沢蝶の森」が始まっています。

「にれ沢」と呼ばれるエリアは、建設中止後に生物多様性の調査を行ったところ日本屈指の蝶の多様性が豊富な、生物多様性の重要エリアであることも分かりました。

現在では、50人規模の住民や地域外のメンバーが集まって定期的に草刈りや、川の生態系を壊さない整備、生物多様性のモニタリングのほか、国内の生物多様性保全のエキスパートである一般社団法人コモンフォレストジャパン理事の坂田晶子さんをゲストに呼んだ里山再生プログラムなどを開催。

「常に自然の様子を見ながら、多様な生き物が住める環境を整備すると、土砂災害などの自然災害の抑止にもつながるんです」(小澤さん)

ゼロカーボンの推進だけを考えれば、太陽光発電の普及は合理的ですが、もう一方で世界的な課題となっている生物多様性の回復、ネイチャーポジティブとゼロカーボンの両立も求められている今日、より広い視点を持った合理性のもとで取り組みを進めていく必要性を感じました。

 

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フィールドスタディーを通じて、日本の森林が抱える課題の複雑さやゼロカーボンとネイチャーポジティブの好循環をいかに生み出していくのかというさらに高度な課題も浮き彫りになった今回。

森林を通じたゼロカーボン施策に取り組むためにも、既存の森林課題を解決することが重要となるため、見方を変えれば、これまで経済合理性の観点から手が入ってこなかった日本の森林も、ゼロカーボンの視点を取り入れることで保全の促進につながるということも言えるかもしれません。

ゼロカーボンという機会を生かして、日本の森林課題に対してどのような提案をしていくのか、東大FSは今後も数回のフィールドスタディーや調査を経て、今年度中の提案を目指していきます。

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