普段自分が口にするものが、どこでどうやって作られ、どのように食卓まで届いたか、想像してみたことはありますか? 生きていく上で不可欠であり、日々の生活と切り離せない「食」。まずはいつも食べているものの、背景を想像してみる。いくつかの選択肢から、環境に配慮したものを選んでみる。そうした一人ひとりの小さなアクションが積み重なれば、私たちの未来は変わるかもしれません。
今回ご紹介するのは、エイブル白馬五竜スキー場のエスカルプラザ内にある「自然派喫茶Sol」の店主・加藤ソフィーさん。留学をきっかけに「農」や「食」への関心を持つようになったというソフィーさんは、幼少期を過ごした白馬にUターンし、ご自身でも畑を耕しながら「自然派喫茶Sol」や、地域のオーガニックマーケットの運営にも取り組んでいます。「健康や環境に配慮した暮らしは、明るくて楽しいはず」と微笑むソフィーさんに、お店での取り組みやその背景、消費者である私たちが環境のためにできることを伺いました。
100%オーガニックにはこだわらない、「自然派喫茶」
――「自然派喫茶Sol」では、地産地消を意識したメニューを提供しているんですよね。
ソフィーさん:そうです。白馬村近郊、長野県産、もしくは国内産にこだわり、無農薬、無化学肥料で栽培された食材を中心に使用しています。仕入れのほとんどは直接農家さんから行い、「顔の見える地産地消」を実践しています。
――「顔の見える地産地消」に取り組むのはどうしてですか?
例えば、オーガニックにこだわってお菓子の材料を輸入しようとすると、アフリカで生産されたものがオランダで加工され、日本まで運ばれてくる、といったように無駄が多くなってしまうんです。オーガニックであることを優先するか、地産地消を優先するかは難しいのですが、「自然派喫茶Sol」ではフードマイレージ* の観点から、できるだけ長野県産、国産を選ぶようにしています。
*…食べ物の輸入にともなう、環境への影響を数字であらわしたもの。食料の輸送量と輸送距離をかけあわせて指標を算出する。フードマイレージの大きい食料は、輸送や保管に石油などのたくさんのエネルギーが使われており、消費者の手元に届くまでに多くの二酸化炭素などが排出されていることになる。
――なるほど。だから「オーガニックカフェ」ではなく「自然派喫茶」なんですね。
はい。100%オーガニックや、国産は目指していないんです。スパイスなど、どうしても日本で生産できないものに関してはオーガニックを選んでいます。でも国産品で代用できるものがあるならば、そっちも選ぶ。それぞれのバランスを重視していますね。
――他にも意識していることはありますか?
原料に動物性のものは使わず、すべて植物性です。それから、プラスチックで包まれたおしぼりやストローもないですし、マイカップをお持ちでないテイクアウトは、紙製カップの代金としてプラス20円をいただいています。
――マイカップが前提の設計になっているんですね。
はい。「マイカップ持参で割引」ではなく、カップ代をいただく形にしています。それから、お菓子の個包装も基本的には行っていません。テイクアウトの場合に限り、バーガー袋に入れてお渡ししています。
本当は一つひとつプラスチック製の袋で包んだほうが賞味期限は伸びるのですが、「ごみの削減」と「食品ロス」のバランスを見ながら、ロスを出さないぎりぎりのラインで製造しています。
――環境負荷や経済性のバランスを見て優先順位をつけている、と。
そうです。さきほども言いましたが、私は必ずしも100%を目指さなくていいと思っていて。消費者の選択肢を増やすためにヴィーガンやベジタリアン向けのメニューを提供しているけれど、私自身はお肉を食べることもあるし、そこは自由にしていいんじゃないかと。自分が納得いく範囲でやって、続けていくことのほうが大事だと思うので。
多様な選択肢があるほうが、心地よい
――はじめに「自然派喫茶Sol」のお話を聞いた時、てっきり白馬の山奥にあるお店だろうと思い込んでいたんです。スキー場の中にあるんですね。
「なんで森の中じゃないの?」ってよく言われます(笑)。でも、この場所に「自然派」な選択肢が増えることに意味があると思っていて。サンドイッチのお店もあるし、ジェラート屋さんもあるし、レストランもある中で、ここを選ぶ。その「選択をする」だけでも、一人ひとりの意識が変わってくると思うんです。
――数ある選択肢の中から、お客さんが何を選ぶのかが大事だと。
そうです。でも、それってそもそも選択肢がないとできないことですよね。私が留学をしていたオーストラリアでは、「何かを食べる」ということ一つとっても、選択肢が多かったんです。大手スーパーもあるけれど、地産地消の食材を扱うマルシェもある。ヴィーガンの人もいればベジタリアンの人もいて、そうじゃない人だっている。みんなが左に行くから左ではなくて、いろんな方向に行けるんです。数ある選択肢の中から「自分流」をそれぞれ見つけているのが、すごくいいなと思ったんです。
――ソフィーさんは、オーストラリアに留学したのをきっかけに、「農」や「食」に興味を持つようになったんですね。
そうです。以前はファッション系の会社でプレスの仕事をしていたのですが、2013年に大手ファストファッションの縫製工場の入ったビルが壊れて、何百人もの方が亡くなる事件があったんです。あまりに衝撃的な出来事で、自分の今いる場所は誰かの犠牲のもとに成り立っているのだと思いはじめて……。
――一見するときらびやかで華やかに見える業界の構造に、疑問を持ったんですね。
そんな中、スキルアップを目的に留学したオーストラリアで多様な価値観に触れ、世界を見る目が変わりました。
――どういった価値観に出会ったんですか?
オーストラリアでは毎週のように公園でフリーマーケットが行われていて、人々がヴィンテージのものや古着を売ったりしているんです。「安くて新しい」がすべてじゃない、という価値観に触れてから、とにかく安く大量生産をして、トレンドを追うファッション業界の居心地が悪くなってしまって。そのままもとの業界には戻らず、白馬に帰ってきました。
――そこから「食」に興味が向いたのはどうしてですか?
友達と一ヶ月間ニュージーランドをロードトリップをした時です。ベジタリアンの子と一緒にベジの食事を作りながら旅をして、これまで知らなかった食文化に触れました。どうしてベジタリアンなのかを聞いたら、環境に負担がかかる畜産業に疑問を抱いていることを教えてくれたんです。自分の健康のためかと思いきや、自分の選択が環境に与える影響まで考えていることがすごく新鮮で。
――これまでのお話でも、「選択」というキーワードが何度か出てきましたね。
オーストラリアも、大量生産・大量消費の側面はあるんです。でも、日本に比べると選択肢が多い。自分が心地よいと思える選択をできるほうが、健全だなって。
ニュージーランドの雄大な山脈が、幼少期の白馬と重なった
――そうした経験のあと、白馬を選んで戻ってきたのはどうしてですか?
ニュージーランドで見た壮大な山の風景が、白馬にすごく似ていたんです。自然の中で育った幼少期の感覚が戻ってきて。でも、その頃の白馬は今ほど国際化が進んでおらず、フランス人の母をもつ私はどこか浮いた存在でした。なので、最初はあまり戻る気はなかったんですよ。
だけど、今の白馬は変わってきたと聞いて帰ってきてみたら、いろんな国の方がいて、「みんなが個性を出していい」雰囲気になっていて。ようやく町と自分がフィットした感覚がありましたね。
――ちなみに白馬に戻ってきた時点で、カフェを始める計画はあったんですか?
それが全然なくて。いずれ自分の畑でもやりながら暮らしていけたらいいなあと思いつつ、夏は農園で働いて、冬はこのスキー場のフロントで働いていたんです。そのうち、ここの社長に「この場所でカフェをやらないか?」と誘われて。オーガニックマーケットの運営をしていくうちに生産者との繋がりができ、そこから「生産者の顔が見える地産地消」というカフェのコンセプトが生まれました。
――Solのオープンから3周年を迎えて、これから考えていることはありますか?
ここを長く続けていくために、私一人の場所にしたくないと思っています。12月後半からは夜営業を始めるんですが、夜は他の人にお任せするんです。「ソフィーのSol」ではなくて、みんなでシェアしていくほうが持続するはずなので。
ほどよく少しずつ、心地よいほうを選び続けることで世界を変えていく
――「長く続ける」がキーワードなんですね。
そうですね。無理すると、持続できないですから。やってみたけどつらくてやめちゃった、ではすごくもったいないと思うんです。自分が心地いい範囲で選択をしていって、ほどよく、少しずつ、世界をいい方向へ変えていくイメージですね。
――まずは自分なりに、少しでも環境に優しいほうを選んでみることで意識も変わる、と?
とはいえ、みんなそこまでの余裕がないんですよね。日々の生活や目の前のことにいっぱいいっぱいで疲れ切ってしまうと思考が止まる。そうすると、ついつい楽で早くて安いほうを選んでしまうのもわかります。
――おっしゃるように、「環境のための選択」と「自分の生活の兼ね合い」は難しい部分があると思います。無理せずに、心地よい選択を続けていくためのコツはあるんでしょうか。
ちょっとでも、なにか一つでもいいから続けることが大事だと思います。例えば、普段はパックに入った卵や包装された野菜を買っていても、月一回は直売所などで産地や生産者のことを意識して買ってみる、だけでもいい。それだけで全然違うはずです。難しく考えすぎず、小さなアクションでもそれが持続していけば、長い目でみた時に全然違う未来になっているかもしれない。
まずは想像すること。目の前にあるものは、誰が作ってどうやってここまで届いたんだろう、これを買い続けることで未来はどうなるんだろう、とか。せっかく人間は想像ができる生き物なので、もっと想像したほうがいいと思っています。いい未来が想像できるか、そうじゃないか。想像してみるワンステップが加わるだけでも、その後の選択や未来は変わってくるはずです。
自然派喫茶Sol
Profile
撮影:小林直博
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