実践者のご紹介

画像: 坂田木材株式会社 代表取締役社長 坂田吉久さん・内海達也さん

「県産材という選択肢」を広める。 地域の木を循環させる、未来のための家づくり

坂田木材株式会社 代表取締役社長 坂田吉久さん・内海達也さん
エリア : 長野市

県土の約8割を森林が占め、北海道、岩手県に次ぐ全国3番目の森林面積を誇る長野県。豊富な資源を持つ一方で、非木造住宅や安価な海外資材が普及した影響もあり、森林資源の適切な伐採・整備が進んでいないという課題があります。

そんな中、長野市篠ノ井西寺尾に位置する坂田木材株式会社は、1947年の創業以来、地域に密着し、長野の県産材を使った木造の家づくりにこだわり、その価値を発信してきました。

地域の木材を使った家づくり、坂田木材による施工事例

地域の木材を使って木造の家づくりをすれば、資材の輸送にかかる燃料の消費を抑えることができ、森林が更新されることによって(※1)、ゼロカーボンへの貢献も期待できます。

暮らしの大部分を占める「住まい」が環境にやさしいものになれば、持続可能な暮らしに一歩近づけるはず。

多くの人が環境にも人にもやさしい家に住む未来をつくるにはどうしたらいいのか。信州だからできる家づくりのあり方についてお話を伺いました。

※1 伐採または崩壊、風雪害などで森林が失われた後、再び植林をすることにより森林が戻っていくこと

 


<プロフィール>
坂田吉久さん
坂田木材株式会社代表取締役の4代目社長。木の専門家として木造住宅の営業を中心に、これまで述べ400棟以上の新築・リフォームに携わる。

内海達也さん
坂田木材株式会社の営業担当。二級建築士、既存住宅現況検査技術者の資格を持っている。



山を背負い、地域密着で木に向き合ってきた坂田木材の歴史

資材輸送にかかるCO2の削減や、森林更新といった点で環境に優しい「地域産材を使った家づくり」。とはいえ、「地元の木を使って家を建てる」と聞くと、「いくら環境に良くても、お金がかかってしまうのでは?」と、どこかハードルの高さを感じてしまうのではないでしょうか。

なぜ、そういったハードルを感じるのか?「国産材の家づくり」にまつわる事実と、時代によって移り変わる家づくりの価値観を伺ってきました。

 

ーー坂田木材では、なぜ長野県産の木を使った家づくりに取り組んでいるのですか?

坂田さん そもそも、30〜40年前までは「家はその地域で造る」というのが当たり前でした。電車や新幹線で町と町の間を移動する時、車窓から街並みを見て「その町らしさ」を感じたことはありませんか? 地域の素材を使って、地域独自の家づくりをしてきたからこそ、その町らしい風景が生まれてきたんです。切妻屋根が印象的な小布施の景観や、土蔵造りの商家の残る善光寺周辺の街並みなどもそれにあたります。

弊社が創業した松代も、山を背負っている地域です。江戸時代は松代藩の城下町だったことから、大工や木工職人など、住まいに関わる職人たちが今でも多く住んでいる地域です。

そこに山があり、木を扱う職人たちがいたからこそ、製材会社(材木屋)や工務店(大工)という商売が生まれた。私たちも元々は、地域の大工さんたちに木材を卸す「材木屋」として創業しました。

ーー材木を扱うことが、この地域の自然な商売の形だったんですね。坂田木材が、木材業から家づくりの事業へシフトしていったのはどんな経緯だったのですか?

坂田さん 昔の家づくりは、地域の工務店が担ってきました。しかし、戦後の日本は住宅不足になったことにより、「質」より「量」の確保が優先され、「大量生産・大量消費」の家づくりが主流になった。

現代では北から南まで日本のどこを見ても同じような家が建っていますよね。それも、大量生産のために同じ形、同じ海外の材料を使った家づくりをしてきたことが要因です。

坂田さん さらに、1960年ごろから日本の住宅業界に大手のハウスメーカーが台頭してきたことで、地域の工務店は衰退してしまいました。弊社はもともと地域の工務店に木材を卸していたので、このままでは材木の売り先がなくなってしまうと考え、自社でも家づくりの事業を始めたんです。

ーー生き残るための戦略だったのですね。長野県に限らず、全国的に地域に根ざした製材会社はどんどん減っているのでしょうか。

自社のプレカット工場では、目利きの職人が一本一本の木の性格を読んで建材に加工していく

 

坂田さん 私が会社を継いだ30年前に比べると大幅に減っています。安価で扱いが簡単な海外産の木材や集成材が使われるようになり、地域の無垢材を使った家づくりはどんどん廃れていってしまったんです。長野市内でも、かつての老舗だった製材会社まで閉業してしまいました。

ーーハウスメーカーの台頭と、海外産の安価な木材や集成材が家づくりを変えてしまった。そもそも、集成材と無垢材にはどんな違いがあるのですか?

坂田さん 集成材は、複数の小さな木の板を張り合わせてつくった人工の木材です。品質をコントロールしやすく、大きな材木もつくり出すことができるのが特徴ですね。

一方、無垢材は、伐採した木をそのまま切り出して作る天然の木材。そのため、大量生産の家づくりには向いていません。

建築の主要な樹種であるヒノキ、スギ、マツが伐採適齢期にまで育つには、植えてからおおよそ60〜70年の年月がかかります。木はあくまで「生き物」で、時間をかけて育っていくもの。そこに山があるからといって、欲しいときにすぐ木材が手に入るわけではないんです。

 

ーー木を建材として使うためには、育てる時間もかかると。

坂田さん 山と共に生き、自然と共存するとはそういうことです。ちゃんと人が山に入って、下草刈りや枝打ち、間伐をしながら木を育てていくことで、一本の木が育ち、良質な無垢材になる。

地域の先人たちが植えて育てた木を伐採し、それを売った収益によって次の木を植えて育ててはじめて、健全な森が維持される。地域の木が使われなくなったということは、その間、山は放ったらかしにされてしまっているんです。

とはいえ、需要がないところに仕組みが戻ることはないですよね。私たちにできることは、地域の木を使った家づくりの需要をいかに広げていくかだと思っています。

 

木の家を選ぶことは、環境にも住む人にもやさしい選択になる

 

ーー地域の木を使った家には、どんな良さがあるのでしょうか。坂田木材の家づくりの特徴を教えてください。

坂田さん 私たちは長野県産の無垢材を使うことはもちろん、一本一本の木の性格を生かした家づくりをしています。だからこそ耐久性があり、住む人にも環境にもやさしい家ができる。

ーー木の性格というのは?

内海さん 弊社は製材会社でもあるので、それぞれの木の性格をよくわかっています。例えば、まっすぐ育つヒノキは柱に向いていますし、曲がって育つマツは横向きにした時の荷重に強いので梁に向いています。木材は「木」と一括りにされがちですが、それぞれ長所・短所が違うので、適材適所に使ってあげることがすごく大事なんです。

坂田さん もっと言うと、例えば同じヒノキでも長野県で育ったヒノキと九州で育ったヒノキは全然違う。木は生き物ですから、周りの自然環境や気候風土に合うように育ちます。その土地の気温や湿度、雪などの外的環境に適応した素材であることは間違いないですね。

ーー他にも、住む人にとっての木の家を選ぶメリットを教えてください。

坂田さん 昔から、木の家は「五感に良い」というキャッチコピーがあります。現代では、木の家づくりに関する研究が進んだことで、「五感にどういいのか」のエビデンスもついてきているんです。

坂田さん 例えば、音楽ホールは一般的に木でできていますよね。これは、木には人間が不快に感じる周波数の音を吸収してくれるという特徴があるからなんです。それから、太陽の光が照っているところに木とプラスチックを置くと、跳ね返ってくる光の量が違います。木材には、人の目に眩しすぎない光だけ反射させる作用がある上に、有害な紫外線の大部分を吸収してくれるんです。

ーー「木のある空間はほっとする」というのは、イメージだけの話でなく実際に人の体にいい影響があるのですね。

職人が一枚一枚張り合わせてつくる床。木目に個性が現れる

 

坂田さん 木材には、空気中の湿度が高いときには水分を吸収し、湿度が低いときには水分を放出するという調湿効果(※2)もあります。無垢の木の柱一本あたり、一升瓶二本分の水を吸放湿すると言われています。このため、木材を建物の内装などにたくさん使うと、部屋の中の湿度の変動は小さくなります。冬場の課題である結露が発生しづらくなるので、カビやダニの発生を防ぐことにもなります。

※2 林野庁「木材は人にやさしい」を参照(2024年4月24日)


ーー木の家を選ぶことは、住む人にとってもやさしい選択になると。

坂田さん そうです。また、県産の木を使うことは、未来にとってもいい選択になります。先ほどお話したように、地域の山の木を適切に伐採して活用し、また木を植えることで、木という資源が地域で循環する流れを生み出せる。

また、坂田木材では、家づくりをする上で出た木材の破片やおがくずをゴミにせず、チップにして燃料にしたり、畑の肥料にするなど余すところなく資源として活用しています。

今はまだ構想段階ですが、ペレットストーブ用のペレットも自社で作れるようになれたらいいなと思っています。そうすれば、家づくりをする過程で出た端材をもエネルギーに変換する、新しいエネルギー循環を生み出すこともできますから。

ーー木は、建材だけでなく燃料や肥料にもなる。改めて、木材は私たちにとって貴重な資源なんだと感じますね。

坂田さん 日本は石油が採れない国ですが、木材は日本において豊富で循環可能な天然資源なんです。さまざまな天然資源の枯渇が心配される中で、木材は伐採しても太陽と雨と土がそこにあって、人間がきちんと手を加えれば何度でも再生ができます。これだけ人にいい効果があって、地域にも環境にも未来にも貢献していく資源が、当たり前に存在しているのは本当にすごいことだと思うんです。

「県産材の家は高い」というのは思い込み? 問題はコストではなく既存の流通の仕組みにある

 

ーー県産材の木を選んだ方がいいということはわかりつつ、どうしても県産の無垢材を使った家は高いんじゃないかというイメージがあります。消費者側のコスト面はどうなんでしょうか。

坂田さん 「長野県の木を使うと高くなる」とお思いかもしれませんが、それはイメージ先行の誤解だと感じます。実際に、海外産の木材と県産の木材を使って同じスペックの家を建てた場合、かかるお金はそんなに変わらないはずです。では「県産材は高い」というイメージがどうして生まれるかというと、流通の仕組みを変えることにかかるコストが問題なんです。

ーー仕組みというのは?

坂田さん 個人的には「大量生産・大量消費」の家づくりを叶えるために構築された「いつでも大量に手に入る海外の木材」を輸入する物流のルートが今も活用されていることが課題の1つだと思います。たとえば、別の電力会社に変えた方が料金が安くなって環境にもいいのに、契約を変える手続きが面倒でいつまでもそのままにしてしまう、みたいなことってありませんか? 

「既存のルートを使わない」ということに労力がかかるから、「県産材は高い」というイメージが広まるんだと思います。

ーー戦後の需要によって生まれたルートの影響で、地域内で伐採から木材加工、家づくりまで行っていた地域内のサプライチェーンが崩れてしまっていると。

坂田さん おかしな話ですよね。誰かがこの流れを変えていかないといけない。

内海さん その中で、長野県は昨年度から「信州健康ゼロエネ住宅」を打ち出し、燃費のいい家、環境に配慮した家をつくることに力を入れています。少しずつですが、本来あるべき仕組みに変えていこうというという流れはきている気がしますね。

*信州健康ゼロエネ住宅‥‥住宅分野における2050ゼロカーボン実現に向けた信州健康ゼロエネ住宅指針の基準に適合し県産木材を活用した住宅を新築する場合に最大200万円を助成する取り組み

坂田さん 里山整備のための森林づくり県民税を創設した頃からその流れは感じていますね。県全体でもっと信州の木を使っていくんだ、信州の木で家を作ろう、と旗印を挙げてくれた。

 

「家づくり」は「家守り」。次世代まで続く、財産としての家を共につくる

 

ーー坂田木材を訪れるお客さんたちからは、県産の木を使いたいという意識は感じますか?

内海さん うちを訪ねてくれる時点で、いわゆるハウスメーカーによる紋切り型の家づくりではなく、「オリジナルで自分達らしい家づくりがしたい」という意識があります。ただ、「長野の木で作りたい」までは到達していないですし、県から森林づくり県民税が課税されていることも、それがどう使われているのかも知らない方が多いです。まだ地域の木のことが「自分ごと」までは降りてきていない気がします。

坂田さん うちの場合は、家づくりの相談にのる中で製材工場の様子をお見せすることができるので、実際に見て知って触れることで、興味を持ってくださるお客様は多くいますね。

ーー坂田木材さんとしては、「環境に対する意識の高い人をターゲットにしたい」とか、「こういう層に家づくりを広げていきたい」といった狙いはありますか?

坂田さん 地元の人たちです。創業当初から地元に根付いた企業でありたいという思いは変わりません。「家づくり」というと、「つくる」だけが仕事だと思われがちなのですが、我々の本当の仕事は「家守り」なんです。

ーー家守り?

坂田さん はい。家というのは、建ててからの方がメンテナンスが必要なんです。「建てたらおしまい」というわけにはいかない。

内海さん 住まいのお手入れは、そこに暮らす人が行うものですが、維持管理の知識や専門的な技術がないとそうしても対処できないことがでてきます。劣化しやすい水回りの水栓などの交換や、床下の定期的な防アリ処理、屋根や外装の塗装など、住まいを長く維持するためのメンテナンスまで対応するのが重要だと考えています。

坂田さん 家はその方の暮らしと直結していますから、なにかトラブルがあればすぐに駆けつけて解決したい。そうなると、あまり遠くの地域にまで仕事を広げてしまうと飛んでいけないでしょう。ずっと長く面倒を見ていくために、なるべく地域のお客様と関係を築いていきたいと思います。

ーー建てた時だけでなく、その先まで。

坂田さん 家というのは一つの資産ですからね。家づくりは、いわば家主の方がこれまで頑張ってきたものを一つの形としてつくる大きな事業です。だからこそ、次の世代にも受け継いでいける財産になる家づくりをしたい。

日本では家の寿命は平均30年(※3)と言われていますが、アメリカだったら60年ぐらい、イギリスだったら平均80年。さらに次の世代へと受け継がれることによって資産価値が高まっていく文化があります。日本のように、建てては壊してを繰り返している国はあんまりないんじゃないかな。だからこそ、私たちは100年先も受け継がれるような、三代続く家づくりをモットーにしています。

※3 国土交通省住宅局監修・財団法人ベターリビング発行「長持ち住宅の手引き」を参照

 

未来のためにできること。次世代の子どもたちにとって「地域で育った木」が身近な存在になるように

 

ーー長く住む前提の耐久性のある家を作っていくことで、その価値観を当たり前にしていく。実際に「いい家に長く住む」という意識を定着させていくには、どんなアクションが必要だと考えていますか?

坂田さん まずは、地道に正しい情報を伝えていくことですね。木材の生産から完成までの過程をクリアにして見せていきたい。それから、これまでお話してきたような木の家で暮らすことによる健康や環境へのいい影響、丈夫な家が資産になるという価値観をしっかり発信していきたいと思っています。

坂田木材の事務所内には、木の家の良さを分析した科学的な説明資料が展示されている

 

ーー正しい情報が広がっていけば、いい方を選ぶ人が増えていくはずだと。

坂田さん 私は、物事を成り立たせる上で、どちらか一方に寄ることはできないと思っているんです。家づくりにおいては、作り手よし、お客さんよし、環境よしの三方よしであるべきで、もっと言えば、「未来よし」の四方よしじゃないといけないんじゃないかな。未来について話す上で、「教育」は欠かせない要素だと思うので、県や教育機関と一緒に手を組んで「木育」にも取り組みたいですね。

ーー具体的にはどんなことを考えていますか?

坂田さん たとえば、坂田木材のお客様感謝祭では、子供たちに木製の物置を作る体験をしてもらうんですよ。大工さんと一緒に、ちゃんと土台を組んで柱を建てて、釘を打ってね。

小さい頃に参加してくれたお子さんが、成長してからも当時の体験を覚えてくれているんです。

多感な時期に、地元の木に触れた経験はきっと大人になっても残る。社会科見学でうちの製材工場を開放したり、家づくりの現場を見てもらったり、出張先生として木の授業をしたりと、私たちにできることはたくさんあると思います。

お客様感謝祭でおこなわれた、物置づくり体験の様子

 

ーー今目の前にいるお客さんの意識を変えるだけでなく、次世代の教育まで。

坂田さん そうしないと循環していかないですよね。一方的に難しい知識を伝えるよりも、「地元の木を使って工作をしたのが楽しかった」という体験が未来につながっていくほうが大事なんじゃないかな。

「未来の地球環境を守る」というと、ものすごく壮大に感じていますが、実際は一人一人の小さな選択と行動が積み重なって大きな変化につながる。家をつくることに限らず、プラスチックの家具を県産材の木製の家具に替える、化石燃料を県産の端材を使ったペレットストーブに替える、でもいい。これまで木じゃなかったものを、地元の木に替えていけば、環境への影響は大きく変わっていくはずです。

ーー小さな積み重ねで、未来の「当たり前」が変わってくる。

坂田さん 人間誰しも、いい選択肢とわるい選択肢があったらいい方を選ぶと思うんです。でも、今はそもそも「県産材を使う」という選択肢自体を知らない人が多い。そして、県産材を使うことが当たり前の社会をつくるには、私たち製材会社だけが頑張ってもだめなんです。

木こりさんがいて、大工さんがいて、住む人がいる。みんなが手を取り合わない限り、本来あるべき姿にシフトしていくことは難しい。一部の人だけが頑張るのでもなく、一部の人だけが儲かるだけでなく、みんなで手を取り合って、当たり前にいいことをいいと言える社会をここ長野から創っていきたいですね。

坂田木材株式会社

Profile

坂田木材株式会社 代表取締役社長 坂田吉久さん・内海達也さん
坂田木材株式会社代表取締役の4代目社長。木の専門家として木造住宅の営業を中心に、これまで述べ400棟以上の新築・リフォームに携わる。
ライター:風音
撮影:タケバハルナ
編集:乾隼人
ロゴ: くらしふと信州

くらしふと信州は、個人・団体、教育機関、企業、行政など多様な主体が分野や世代を超えて学び合い、情報や課題を共有し、プロジェクトを共創する場です。
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