実践者のご紹介

画像: 株式会社ディーエルディー 代表取締役社長 三ッ井陽一郎さん

「火のある暮らし」が、森と人を豊かにする。 薪ストーブ先進地で生まれた自然エネルギーの好循環

株式会社ディーエルディー 代表取締役社長 三ッ井陽一郎さん

くらしふと信州が目指す「ゼロカーボン社会の実現」しかり、世の中を変えていくためのムーブメントは、長く時間がかかるもの。一過性の流行りで終わらずに、文化となって生活に根付かせていくには何が必要なのでしょうか?

そのためには、義務や強制、我慢ではなく、自発的に選びたいと思えるような、魅力あるライフスタイルの提案が大切になってくるのかもしれません。

長野県の南側に位置する伊那市では、一部の新築住宅に薪ストーブが設置されるなど、日本の中でも薪ストーブへの関心と普及率の高い地域として知られています。

薪ストーブは他の暖房器具にかえがたい暖かさがあるだけでなく、火のゆらめきは心まで豊かにしてくれます。さらに、森林を更新すること(※1)で排出した分のCO2を吸収してくれるなど、ゼロカーボンにも貢献する自然に優しいエネルギーでもあります。
※1 森林の伐採や崩壊が起きた後、新しい森林がそこに生まれること

とはいえ、元々薪ストーブの文化が伊那エリアに根付いていたわけではありません。広まったのは、ここ20〜30年ほどのこと。なぜ伊那市では薪ストーブのある暮らしが当たり前の日常になりつつあるのでしょうか。

伊那市をベースに薪ストーブ販売や薪宅配サービスといったユニークな事業展開で「火のある暮らし」を広める、ディーエルディーに、そのヒントを伺いました。


<プロフィール>
三ッ井陽一郎(みつい・よういちろう)さん
株式会社ディーエルディー 代表取締役社長。アメリカ製薪ストーブの輸入販売会社を1983年に創業。現在では、全国に10ヶ所のショールームを展開し、これまでに17,000台を超える薪ストーブを販売するなど、国内トップシェアを誇る。薪ストーブ文化を日本に広めるため、取付工事、メンテナンス、薪宅配サービス事業を行うほか、自社デザインのアウトドアグリル開発、薪サウナストーブの販売・施工、サウナキャビンの共同開発・制作にも取り組むなど、「火のある暮らし」を提案している。


暖かいだけじゃない。プリウス5台分のCO2削減効果

 

ーー今日は本社にお邪魔していますが、ショールームも兼ねているんですね。いろんな種類の薪ストーブはもちろん、バーベキュー用品やサウナ小屋まであって驚きました。

三ツ井さん:外は寒いけど中は暖かいでしょう。うちは薪ストーブ屋だと思われているけど、コンセプトは「火のある暮らし」。豊かな暮らしを提案するためのアイテムとして薪ストーブを扱っているんです。だから、冬には薪ストーブ、夏はバーベキューを楽しんでもらって、最近だとサウナも楽しんでもらおうと取り扱い始めています。このプライベートサウナなんか、一回体験したらもうやめられなくなっちゃうよ。うちの社員も仕事終わりにサウナに入っていったりします。

ーー最高の福利厚生ですね!

三ツ井さん:よかったら取材のあと、皆さんも入ってもらっていいですよ。僕も今日取材が終わったら入ろうと思って、今からサウナを温めています(笑)。

 ーーありがとうございます!(笑) 三ツ井さんのお話を聞いているだけで、薪ストーブやサウナ、いいなって思ってしまいます。これまでにどのくらいの薪ストーブを販売されてきたんですか?

三ツ井さん:だいたい1万7000台くらいですかね。全国に800社くらいある薪ストーブ販売会社のうち、僕らは薪ストーブのマーケットシェアの10%を持っていて、これは業界トップだと聞いています。伊那市における薪ストーブの普及に貢献できているかなと思っています。

ーー伊那エリアでも、全国的に見ても、ディーエルディーさんは薪ストーブ普及のパイオニアの一つですね。

三ツ井さん:でもね、この数字はまだまだ少ないと思っています。

ーー足りない?

三ツ井さん:薪ストーブってものすごい魅力があるでしょう。その魅力を考えるともっと広まっていいと思っているんです。

ーー三ツ井さんが考えられる薪ストーブの魅力とは何でしょう?

三ツ井さん:僕がよく言うのは、「薪ストーブは3度暖まる」ということ。まず、薪割りをするときに体が暖まる。次に、薪ストーブを焚いて、身体が芯から暖まる。

空気を温める灯油とかエアコンと違って薪ストーブは「輻射熱(ふくしゃねつ)」って言って、直接身体や家を温めてくれる。遠赤外線効果とかっていうでしょう。物体に熱が蓄熱されるから、一度温まればしばらくその熱が持続するんです。

そして、最後に薪ストーブの火で作ったお料理を食べて体の内側から暖まる。

火のある暮らしを提案するために料理研究家と薪ストーブ料理本も企画している

ーーたしかに、エアコンやヒーターみたいな普通の暖房器具にはない魅力ですね。

三ツ井さん:それだけじゃないんですよ。薪ストーブは自然環境にも優しくて、カーボンニュートラルにも貢献するんです。

ーー「カーボンニュートラル」って、排出されたCO2を吸収するなどして実質ゼロにするということですよね。どのように貢献されるのでしょう?

三ツ井さん:たとえとして、僕は「薪ストーブにはプリウス5台分の価値がある」と伝えています。薪ストーブは木材を燃やすわけだけど、新たに木を植えれば、その木は空気中のCO2を吸収して成長するので実質的にはカーボンニュートラル(※2)なんです。

※2  伐採した後に植林すると、その木々が再び空気中のCO2を吸収して成長するのでカーボンニュートラルになる

しかも、暖房を薪ストーブに換えれば、遠い海外の産油国からわざわざたくさんのCO2を出して運んできた灯油を使わなくて済みます。薪ストーブ自体は海外から輸入した製品ですが、燃料となる薪は身近な土地で採れるものを使う訳ですから。

カーボンニュートラルなだけでなく、だいたい年間で一軒当たり2トンほどのCO2を削減することまでできるんです。その削減量は、たとえるなら一般的な自動車からプリウスに乗り換えることで削減できるCO2の5倍くらい。つまりプリウス5台分に匹敵するということが、東北大の研究(※3)から明らかになりました。

※3 東北大大学院環境科学研究科の新妻弘明教授の研究室が2009年に発表した試算。それによると、薪ストーブ1台分(年間)で、ハイブリッド車5台分、太陽光パネル60平方メートル分もの二酸化炭素(CO2)削減効果があるという。

ーー薪ストーブを使うことで実質的にCO2を増やさずに暖まれるだけでなく、これまで使っていた灯油分のCO2を減らすことにもつながると。

三ツ井さん:そうです。日本の森林は使われすぎないことでかえって森が荒廃してしまっているのが問題ですよね。だからどんどん木を切って循環を促そうと言われますけど、木材の消費が増えないと森林資源は循環しません。でも薪ストーブのある暮らしが広まることで薪の消費が増えるので、結果として地域ごとに森林資源が循環する暮らしが作られていきます。

最近では、薪ストーブを購入されるお客さんの中にも、環境意識から「薪ストーブを買いたい」という方も増えていますし、長野には森が身近にあるので、これを活かして暮らしたいっていう人も増えていますね。

ーー私たちの暮らしだけでなく、自然までも豊かにしてくれるからこそ薪ストーブを選ぶ人が増えているんですね。ゼロカーボン社会の実現にとっても、薪ストーブの普及は1つの貢献になると感じます。

 

儲からない薪宅配サービスに15年間投資し続ける理由

 

ーー聞けば聞くほど、薪ストーブにはいろんな魅力があるなあと感じます。

三ツ井さん:そうでしょう。なので僕たちも一生懸命、その魅力を伝えようと試行錯誤しています。

ーーディーエルディーさんが熱心に営業されていることも、伊那エリアに薪ストーブが広く普及している理由の一つだと思うのですが、それ以外にも何か秘訣はあるんですか?

三ツ井さん:うち独自の取り組みで言うと、「薪宅配サービス」ですね。先ほどは薪ストーブの魅力をお話ししましたけど、逆に大変なことの一つに、どうやって乾いた薪を毎年確保するかが、薪ストーブユーザーの悩みの種なんです。

ーーたしかに、灯油やガスと比べると、どこで手に入れれば良いか分からないし、持ち運びもしづらそうです。

三ツ井さん:そこなんです。だから僕たちはガスや灯油のように安定的に薪を供給できる仕組みを整備しようと薪宅配サービスに取り組んでいます。詳しい担当がいますから、薪を生産・ストックしている土場にご案内します。

ーーものすごい数の薪が並べられていますね。どのくらいの数の薪がここには置かれているんですか?

高橋さん:薪宅配サービスを担当している高橋です。私たちはこういった薪を保管している土場を長野、山梨、宮城、愛知などいくつも保有しているんですが、ここは日本最大級の土場になります。だいたい、10万束くらい置かれています。でも、これだけの量でも一冬で使い切ってしまうんです。

ーー想像できないくらいの量です。どのくらいのユーザーさんがこのサービスを利用されているんですか?

高橋さん:2007年頃からこのサービスを始めたんですが、約3年間で300軒〜400軒の方に利用いただいて、今ではユーザーさんも拡大して、1900軒〜2000軒くらいになっています。宅配だけで年間で17万〜18万束くらいの薪を使っていただいています。

ーーそんなに広まっているんですね。

高橋さん:おかげさまで多くの薪ストーブユーザーさんに使ってもらえるようになりました。ただ……

薪宅配サービスを担当している高橋さん

三ツ井さん:全然儲からないんですよこれが(笑)。

ーーそんなにユーザーさんが増えているのに、儲からないんですか?

三ツ井さん:薪を生産して宅配するまでにいろんな人の手がかかります。まず薪のもとになる原木を林業従事者の方から買い取って、その原木を薪のサイズに割っていく作業を地元のシニアや知的障がい者にお仕事としてお願いしています。

さらに一軒一軒薪を宅配する輸送コストもかかります。15年以上かけて、かなりの投資をして、サービスの合理化を進めてきましたが、それでもなかなか儲からないんです。普通こんな事業、ほかの会社さんはやりません。これだけやってても会社潰れちゃいますから(笑)。

ーーそれでも投資し続けるのはなぜでしょう?

三ツ井さん:薪ストーブを文化にしていくには、気軽に、そして安定的に薪が手に入ることが欠かせないからです。僕たちは薪ストーブが電気やガスと同じくらい安心して使えるようになれば、多くの人に選んでもらいやすいと思っているんです。だからこそ、投資をし続けてもやる意味がある。

ーー電気やガスのように日々安心して薪を使い続けられる仕組みがあるおかげで、伊那エリアでは薪ストーブがより身近な選択肢になっているんですね。

三ツ井さん:でも理想を言えば、僕たちが一括して薪を供給するのではなく、村単位とかそれぞれの地域ごとに自分たちで、近場の森から薪を作ってもらうのが理想なんです。それを担う人がいないから今のところ僕たちがその役割を担おうと。

高橋さん:最近、うちの薪宅配サービスを使いながら、自分でも薪を作っている人が増えているんです。とてもいいことだと思っています。でも、全部を自分たちの手で安定的に作ることは難しいから、私たちの薪宅配サービスもあれば安心。そういう併用をお勧めしています。

 

「火のある暮らし」と出会い、薪ストーブ会社を創業

 

ーー儲からないけれど薪供給サービスに投資し続けるというお話を聞いていても、火のある暮らしという新しい文化を広めるための並々ならぬ情熱を感じます。そもそも三ツ井さんがそこまで薪ストーブにハマったきっかけは何かあったんですか?

三ツ井さん:僕が小さい頃は、とにかく家が寒かったのね。断熱はもちろん入っていないし、小学校なんかは石炭ストーブを使ってた。灯油ストーブもやっと出てきたくらいで。外よりも家の方が寒いわけ。そんな時にね、たまたま伊那に住んでいた宣教師の人のお宅にお邪魔したんだけど、もうびっくりしちゃったわけ。あまりの暖かさに。「ここは天国だ」って。薪ストーブが焚かれていて、本当に快適だった。

ーー同じ伊那に住んでいるのに、まるっきり快適さが違う暮らしを目の当たりにしたんですね。

三ツ井さん:もうね、そこで薪ストーブだ!って頭になってしまって。それで薪ストーブの販売を始めることになりました。

ーーその体験がきっかけで今の会社の創業に繋がったんですか?

三ツ井さん:そうです。23歳の時に、今の商売を始めました。海外の薪ストーブの会社を調べて、「代理販売させて欲しい」って直談判して。そしたらアメリカの会社が「いいよ」って言ってくれたんで、輸入販売の会社を立ち上げることになったんです。

ーー本当に人生を変える出会いだったんですね。それにしてもすごいバイタリティ。

三ツ井さん:若いから怖いものなしだったっていうかね。当時は薪ストーブのマーケットなんて日本にはほとんどなかったけど、とにかく「薪ストーブのある暮らしはいいですよ!」って必死に広めていったら、どんどん買ってくれる方がいたのでラッキーでした。

 

暮らしも森も健やかに。エネルギーの自給自足モデルを全国に広めていく

 

ーー三ツ井さんの情熱が、ここまで伊那エリアで薪ストーブを普及させることにつながったんだなと感じます。

三ツ井さん:でもまだまだ力不足ですよ。伊那がトップクラスの普及率と言っても、ヨーロッパでは5軒に1軒、約20%の家庭には薪ストーブがあるんです。ドイツなんかは薪ストーブの普及率が50%を超えているんですよ。

ーーそんなに! 日本よりはるかに普及していますね。

三ツ井さん:もちろん薪ストーブの文化はヨーロッパから生まれているという社会背景はありますが、ヨーロッパでここまで薪ストーブが普及したのは意外と最近、1970年代のオイルショックがきっかけと言われてるんです。石油や灯油に頼らずに済む、地産地消のエネルギーとして薪ストーブが注目されて。

ーーたしかに意外と最近です。薪ストーブの普及がエネルギー危機によるものだったというのも興味深いですね。

三ツ井さん:そうなんです。日本でも最近、灯油の価格が高騰していますよね。灯油価格の高騰みたいなエネルギー問題は僕たちにはどうしようもないけど、薪のいいところは、僕たち市民でも自給自足できるエネルギーであるということ。

ーー何かあったら山から木を切ってくればいいですもんね。

三ツ井さん:最近では脱炭素のトレンドもあって、国も薪ストーブに注目し始めています。それに森林に手が入らないという森林荒廃の課題も日本は抱えていますから、地域の薪を地域で消費していく薪宅配サービスと薪ストーブの普及を日本全国に広げていきたいですね。

ーー伊那モデルを全国に広げていく。

三ツ井さん:実際に、京都のディーラーさんにノウハウを共有して、薪宅配のシステムが導入されています。また、福岡県のある自治体とは、環境省の補助金をとって、薪の地域内循環と薪ストーブの普及を同時に取り組む仕組みづくりを計画しているところです。まずは年間で100台くらいの薪ストーブ普及を目指していきながら、地域の中で薪の生産拠点も作ろうと。

ーー薪ストーブが広まることで、暮らしの質が高まり、カーボンニュートラルにも貢献する。さらに、薪の地域内循環モデルが広まることで、森林が健やかに保たれる循環も生み出されて、エネルギーの自給自足も可能になる…。一石三鳥にも、四鳥にもなるビジョンが見えてきます。

三ツ井さん:そうでしょう。だからこそ、そういう魅力をもっと発信していかないといけないし、薪ストーブのある暮らしにしていく上での面倒なこともまだまだあります。ストーブの値段が高いとか、煙突掃除が大変とか、煙害があるとか。そういうことのハードルを一つずつ減らしていきながら、火のある暮らしが当たり前になるようにしていきたいですね。僕たちだけでは力足らずですから、ぜひ皆さんと一緒に、薪ストーブの魅力を発信していきたいです。

長野県の薪ストーブ・サウナ専門店dld伊那ショールーム

Profile

写真: 株式会社ディーエルディー 代表取締役社長 三ッ井陽一郎さん
株式会社ディーエルディー 代表取締役社長 三ッ井陽一郎さん
株式会社ディーエルディー 代表取締役社長 三ッ井陽一郎(みつい・よういちろう)さん
アメリカ製薪ストーブの輸入販売会社を1983年に創業。現在では、全国に10ヶ所のショールームを展開し、これまでに17,000台を超える薪ストーブを販売するなど、国内トップシェアを誇る。薪ストーブ文化を日本に広めるため、取付工事、メンテナンス、薪宅配サービス事業を行うほか、自社デザインのアウトドアグリル開発、薪サウナストーブの販売・施工、サウナキャビンの共同開発・制作にも取り組むなど、「火のある暮らし」を提案している。
ライター:北埜航太
写真:五味貴志
ロゴ: くらしふと信州

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