実践者のご紹介

画像: 安曇野市 田原佳世子さん・浅川広明さん/株式会社BO-GA 市川哲生さん 

安曇野の森林を、次の世代へ。 「楽しい」を起点につなぐ里山の未来

安曇野市 田原佳世子さん・浅川広明さん/株式会社BO-GA 市川哲生さん 

数十年前まで、人々の暮らしに欠かせない資源の源であった里山。家を建てる建材や、暖をとり煮炊きをする薪にするため、人々は木を伐り、植林をしてきました。

しかし、生活スタイルが変わるにつれて木材は活用されなくなり、かつて植えられた木々には手入れが行き届かず、土砂災害や鳥獣被害を引き起こすなど、課題が増えてきています。

そんな中、長野県安曇野市では、「楽しく継続的に」里山を再生するための活動が広がっています。「さとぷろ。」の愛称で親しまれる、「安曇野市里山再生計画」では、地域の方々や活動団体、事業者などとともに里山を保全。令和4年には安曇野産の木材を使用して認定こども園の建設を行うなど、行政、地域の住民、事業者とともに連携しながら取り組みが進められました

ほかにも、薪作り講習会、松枯れ材を活用した積み木を作りこども園の子どもたちと遊ぶ積木ワークショップ、かつてのマツタケ山の復活を目指す整備活動など、さまざまなプロジェクトが進行中。一見すると目的がバラバラにも見える活動ですが、そこには「里山に楽しく関心を持ってもらう」という大きな軸がありました。

「さとぷろ。」の取り組みはなぜ始まったのか。数十年という循環のサイクルを持つ里山の木々と、私たちはどう向き合えばいいのか。彼ら彼女らが活動する、安曇野市の室山(むろやま)で話を聞いてきました。

「さとぷろ。」の活動を支える面々


<プロフィール>

田原佳世子さん 安曇野市市民生活部市民課 市民担当
平成30年度から令和4年度までの5年間、耕地林務課にて担当者として様々な活動の立ち上げや企画を実現し、第2次里山再生計画の策定に携わる。

浅川広明さん 安曇野市農林部耕地林務課林務担当 課長補佐
令和4年度から担当係長として「さとぷろ。」に携わり、担当者とともに計画推進の実現に向けた様々な取り組み推進してきた。

市川哲生さん 株式会社BO-GA 専務取締役あづみのオフィス所長
「さとぷろ。」の総合プロデューサー。「さとぷろ。」により多くの市民が関心を持ち、参加するきっかけをつくるためのプロモーションやアイデアづくりで貢献する。


木の成長と暮らしのサイクルをつなぐ

あまりに幅広い「さとぷろ。」の活動を知るために、まずは現場を見ることが必要だと考えた取材チームは、同団体が管理・保全をしている山へ向かいました。そこには、森林資源活用の取り組みと、里山を身近に感じてもらうための工夫がありました。

ーーあたり一帯が伐採されて、切り株が残されていますね。ここにあった木が、こども園の建設に使われたのですか?

浅川さん はい。三郷西部認定こども園の構造材には全て安曇野産材が使われており、ヒノキに関しては全てここ室山から出たものを使っています。

ーー切り株の周りに若い木が生えていますが、これはなんですか?

浅川さん この若い木は、地域の方々やどもたちと一緒に植林したヒノキです。こども園のために伐採した木々のそばに、新たに植えました。

田原さん こども園建設のために伐採したのは、およそ80年前に植林された木々でした。室山には定期的に植林がされていて。私たちが植えた2年目の木、約40年前に植えられた木、約80年前に植えられた木と、ここでは40年ごとの時間軸で木の変化を見ることができます。

林業では伐採までのサイクルは60年とされていますが、ここに植えられた約40年前に植えられた木も80年前に植えられた木もしっかりと成長しています。

伐った木材を県外の市場に出してただお金を得るだけではなく、その木が生えていた地域の暮らしと繋がる使われ方をすることが重要。この山にあった木が何に使われているか、地域の人々にとってわかる状態になっていることが、「地域への還元性が高い」ということだと思います。

田原さん 山に伐採に入ると、地域の方々が心配して「山が開発されてしまう」、「違法伐採じゃないか」と通報されることがあります。

しかし今回は、「伐採するヒノキは、地域のこども園に使われます」と発信した上で取り組みを進めました。伐採の現場や建築現場の見学、そしてその後の植林を全てイベント化して、地域の方々と一緒に行いました。

実は、今回伐採した木は、昭和15年「皇紀2600年」を記念して、翌年の昭和16年にこの地域の小学一年生だった子どもたちが中心となって植えたヒノキなんです。それから80年が経ち、その方々が植えた木が大きく育ちました。

当時6歳の少年は、80年後に自身の植えた切り株の隣に孫、ひ孫とともに新たにヒノキの苗木を植えたのです。

ーーただ伐採した木材を活用するだけでないんですね。山に関心がある高齢の方々には取り組みへの理解を促して、親世代や子どもたちには、里山へ関心を持つためのきっかけをつくることを意識された。。

浅川さん さらにこのあたりは、三郷西部認定こども園の園児たちの散歩コースでもあるんです。子どもたちが、定点的に木が成長していく様子を見られるんですよ。

田原さん 自分の背丈と比べたり、切り株の年輪の数を数えたりね。植林をした際にも、「ただ植えっぱなしではいけないよね」という話が出たので、地域の児童クラブと連携して毎年地域の子どもたちと整備をしています。

まだ子どもの背丈ほどの高さの若いヒノキの木と田原さん

 

浅川さん 植えた木が人間の背丈ぐらいまで育つには5年ほどかかるのですが、その間はまわりの草刈りをしないと木が負けてしまうんです。巻きついた蔓を取ってあげる作業は、子どもでもできるし綱引きみたいで楽しいんですよ。

ーー子どもたちが、「自分が植えた木を、自分で守る」という意識が自然に身につきますね。

田原さん 「さとぷろ。」は環境保全や教育を前面に出すのではなく、「楽しく里山に関心を持ってもらうこと」を大切にしています。昔は、里山は暮らしの中で身近な存在でしたが、今は虫がいていやだとか、薮でかぶれるとか、山に対してネガティブな印象がある。それどころか、子どもが「里山に行く」という体験自体が希少になってしまっています。

子どもの頃に里山に行った経験は、原体験として記憶に残るはず。「さとぷろ。」を通して山に関わる活動が、地域の人が山に対してポジティブなイメージを持つきっかけになるようにしたいんです。

内側にある需要を拾って、モチベーションを高めていく

実際に里山を見ながら「さとぷろ。」の活動と思いを聞いた取材チーム。場所を変えて、里山保全活動が立ち上がった経緯や背景について伺っていきます。

ーー改めて、「さとぷろ。」発足の経緯を教えてください。

浅川さん まず行政としての話をすると、平成27年度の安曇野市環境基本計画に、里山再生が盛り込まれました。そこから、行動計画として「安曇野市里山再生計画」が始まったんです。その愛称が「さとぷろ。」です。

一般的に行政機関が森林に関する計画を立てる際は、里山に眠っている資源を活用するために、数年間かけて伐採するというのが一般的です。

しかし、伐る理由や資源の活用先がなければわざわざ木を伐らない、すると再生計画も進まないじゃないですか。だから、「さとぷろ。」は、「需要を先につくる」ということをテーマに据えたんです。

ーー「需要を先につくる」とは?

浅川さん たとえば、安曇野産木材で家を建てたい人や、森を整備してきのこを育てたい人、山の木を薪にして使いたい人が出てくれば、それは「需要」となり、木を伐る理由ができます。

田原さん 行政が一方的に「里山保全のためにこういう活動をしますよ」と人を集めても、それは内側から自然と生まれた需要ではないから、参加する人がモチベーションを維持できず、活動自体が途絶えてしまうかもしれない。活動を継続させるためには、参加者それぞれが自身の内側にいかに目的を持って参加できるかが重要です。

「さとぷろ。」立ち上げ当時は、まずパイロット的にどんどん里山に関わるイベントを企画して「もともと里山に興味があったけど行動に結びついていない人」を集めて需要を顕在化させました。そこから、「里山でこんな活動を続けていきたい!」と関心の高い人や意気投合した人たちがグループ化して活動が始まります。そして、活動が続けていけるようフィールドや安全技術、道具等様々なサポートを「さとぷろ。」が行っているんです。

ーー行政側が「こういう活動をしましょう」と押し付けるのではなく、参加者の内発的な需要を増やしていったのですね。

「よみがえれ!マツタケ!」の作業に集まる人々。「作業後の温泉が楽しみ!」という人も。

 

田原さん 同じ活動でも、モチベーションはみんな違うんですよ。たとえば、安曇野の林をマツタケが育つ環境になるよう整備する「よみがえれ!マツタケ!」では、「マツタケが食べたい」という需要だけではなく、「別にマツタケは欲しくないけど、みんなと喋って山が綺麗になるのが楽しい」と毎回参加する方もいるんです

ーーなるほど、「活動を通して人と交流したい」というのも、山に関する需要になるんですね。

市川さん 「さとぷろ。」は、「より多くの人々の関心が里山に向かうこと」を里山の未来像として掲げています。そうなれば自然と関心の向く先が多種多様になるので、どうしても「さとぷろ。」の全体像は見えづらくなってしまう。でも、それで良いと思っています。

市民、事業者、行政がそれぞれが連携する仕組み作り

ーー具体的には、どうやって地域の人を巻き込んでいったのですか?

田原さん 安曇野では、「さとぷろ。」立ち上げ以前から里山保全の団体やNPOがそれぞれ活動しています。そこで、まずはそういった人たちと協力し、山の草刈り、薪作り講習会、ハンターと歩く里山ツアーなど幅広いイベントを企画してきました。

「さとぷろ。」発足前から里山保全のための活動をしてきた小林さん。「よみがえれ!マツタケ!」でボランティアの方々に作業を教えるなど「さとぷろ。」の活動を支えています

それから、イベントや活動が常に動いていることを周知するためにホームページやFacebook、プレスリリース、各社メディアを介してしっかり発信しています。

「さとぷろ。」のfacebookページ

市川さん イベントを開催すると、来場者の方にお声がけいただくことが多いんです。「今度は友達と参加したい」とか、「最近移住してきたばかりで、地域の人との接点がほしくて」、「子どもと参加できる自然体験はないですか?」とか。そういう方に「さとぷろ。サポーターに向け、様々なイベント案内や情報をダイレクトメールでお届けしています」とご案内する流れが多いです。あとは参加者からの口コミですね。

ーー現在「さとぷろ。」のサポーターは何人くらいいらっしゃって、どれだけの数のプロジェクトが動いているんですか?

市川さん サポーターの数は383名です。プロジェクトは、大きく分けると「里山まきの環(わ)プロジェクト」、「里山木材活動プロジェクト」、「里山学びの環(わ)プロジェクト」、「里山の魅力発見プロジェクト」の4つですが、その中の細分化した活動は数えきれないほどあって……。今まさに、全ての活動を整理した資料を作っていっているところです。

ーーそれだけ関わる人が多く、かつ個々人の「やりたい!」から生まれた活動が多いとなると、運営していくのも大変になっていきませんか?

浅川さん そこで、行政だけでは支えきれない活動の部分に、民間企業である株式会社BO-GAの方々に入っていただくことにしました。中間支援団体としての「さとぷろ。機構」を作り、多種多様な活動をサポートしていただいています。

全体プロデューサーである「さとプロ機構。」の市川さん。

 

ーー「さとぷろ。機構」と安曇野市はそれぞれどんな役割を担っているのですか?

市川さん 立ち上げの頃は、先ほどお話のあった通り「安曇野市里山再生計画」の策定・執筆支援をしました。計画の運用がスタートしてからは、企画のコーディネーターとして伴走しています。「こういうイベントを切り口にしたら人が集まるんじゃないか?」と企画の出発点をこちらからお届けし、人を巻き込む入り口をつくったり、サポーターの方の「やりたい!」という思いを具体的に形にしたりするのが、僕たちの役割です。

浅川さん 「さとぷろ。機構」には市民の方々が関心を持つきっかけをつくってもらう一方で、安曇野市は、それぞれの活動に伴走する役割を担っています。活動が法律に触れていないかのチェックから、道具の管理や貸出し、それぞれの活動をつなげたり、それから活動保険の手配など安全面の管理ですね。「楽しむ」ためには、危険を防止するためのルールをしっかり設定するなど、最低限の安全の担保が必要ですから。

バトンをつないできたからこそ実現できた、こども園のプロジェクト

ーーまずは地域の方の「やってみたい」という声があり、それを形にするためのコンサルティングを「さとぷろ。機構」が、活動の監督・サポートを行政が担っているのですね。全体像が見えてくると、改めて「三郷西部認定こども園」のプロジェクトは「さとぷろ。」のなかでも大規模で象徴的なプロジェクトだったのだと感じます。全て安曇野産の木材を活用した施設の建設を実現させるには、どういった経緯があったのでしょうか。

田原さん まず、安曇野市でこども園の建築施工を進めていく中で、軽くて強度のある構造材を使う必要が出てきたんです。そこで安曇野の林について調べていくうちに、先ほどご案内した室山に良いヒノキがあることが分かりました。

本来であれば、木材生産は入札によって決まった業者に仕様書を渡して、伐採を任せて終わりです。でも、せっかく地域との関わりの深い山だからと、なるべく多くの地域の方々に関わってもらえるような企画を立てました。

それまでの「さとぷろ。」の活動を通じて、地域の人たちと関係性があったので、ご相談をしたら「ぜひやろう!」と好意的に受け止めていただけましたね。

ーーきっかけは偶然だったのですね。でも、これまでの活動があったからこそ実現できたと。

田原さん 地域の方々と関係性のない状態から、室山の木を伐採して活用しようとしたら、とても難しかったと思います。でも、そもそも80年前に木を植えた人たちがいて、育ててきてくれた人たちがいたから、こうして木の収穫ができた。ありがたいことだなと思います。

ーー伐採の様子も、地域の方を集められたんですよね?

田原さん はい。我々より下の世代の人たちは、木を伐っているところを実際には見たことがないですよね。建材というと、ホームセンターで売っているような四角いきれいな板しか知らない。「里山で生きている木」が、自分の暮らしに繋がるんだよということを知ってもらいたかったので、こども園の園児とその保護者を募り、見学会を行いました。

森林組合の方に伐倒の依頼をおこない、ヒノキの大木が大きな音を響かせながら倒れる瞬間をみんなで見守ったんですが、伐った後、あたり一面にヒノキの香りが漂ったんです。伐った直後の、湿った断面も実際に触ってもらいました。五感を使って、「木の命をもらっている」ということを感じてもらえたと思います。

雪を撒き散らして大きな木が倒れる様子に参加者は圧倒されたそう。

時代が変わっても、里山と向き合うことは暮らしと向き合うこと

ーー80年前に植えた木を伐って、また何十年かけて木を育てて……と、里山の保全や活用には長い時間がかかりますよね。私たちの生活スタイルがどんどん変化していく中で、それでも里山と向き合っていくことの必要性はなんだと思いますか?

市川さん 僕がいつも言ってるのは、地域の里山を保全していくことは、「地域の生き残り戦略」になるということです。周りに資源があることに気づかずに、外部から資源を取り寄せ続けることはいつか限界を迎えるんですよ。だから、その場にある資源をちゃんと使えばいい。これは、ゼロカーボンな暮らしを目指すことと同じ考え方かもしれません。その土地の中で、ちゃんと好循環する生活様式が生み出せれば、自分たちは生き残れる。

ーー「自然環境を守る」という大きな言葉ではなく、その土地で人々がずっと人が暮らし続けられるようにするため、という。

市川さん 「自分の暮らしのため」であっても、それぞれが自分のモチベーションに従って動き続けた結果、里山再生という社会課題の解決に繋がれば理想的ですよね。僕たちは、そのための仕組みを作っていきたい。

田原さん 私も、里山と向き合うことは、結局は自分の暮らしと向き合うことだと思うんです。里山がない地域でも、海や川、草原といった身近な自然があるはず。それぞれの暮らしている土地と向き合わなければ、本来私たちは暮らせなかった。たとえ暮らしが便利になっても、その価値観は変わらないはずです。

 

今でこそ、「山=木が生えている場所」ですが、昔は山には木が生えていないのが当然だった。そこに木を植えた人がいたから、長い時間をかけて木が育ってきました。しかし、それを活用せずに外から木を輸入する時代が長く続いたため、森林が荒れてきてしまった。森林の活用を考えなければならない時期がきています。ただ使うだけでなくどう使うか、どう地域で循環させられるか、そしてそれを続けていけるかが大切です。

ーー「楽しく続けられる活動」を始めることで、次の世代にも豊かな里山を受け継ぐことができる

伐採された80年生の木の切り株を撫でる田原さん

 

田原さん 現代は、通信速度も移動速度も全てが高速化しているけれど、木は1年に1本の年輪しか刻めません。それに、ヒノキの木にとっての80年は人間でいったらまだ中学生くらいなんです。私たちは、木の命をいただいて、次の世代へ繋げさせてもらった。植えた人はもちろん、木への感謝も忘れないようにしたい。

今回の伐採をきっかけに植林が行われ、さらに室山に関心を持つ人が増えて、「もっと子どもたちと楽しめる里山に変えていこう」と、山の整備をする新しいチームが生まれました。こうして、「楽しい」から始まる活動がどんどん増えて、これからも続いていくことが、里山と私たちの未来につながっていくと思うんです。

Profile

安曇野市 田原佳世子さん・浅川広明さん/株式会社BO-GA 市川哲生さん 
<田原佳世子さん> 安曇野市市民生活部市民課 市民担当
平成30年度から令和4年度までの5年間、耕地林務課にて担当者として様々な活動の立ち上げや企画を実現し、第2次里山再生計画の策定に携わる。

<浅川広明さん> 安曇野市農林部耕地林務課林務担当 課長補佐
令和4年度から担当係長として「さとぷろ。」に携わり、担当者とともに計画推進の実現に向けた様々な取り組み推進してきた。

<市川哲生さん> 株式会社BO-GA 専務取締役あづみのオフィス所長
「さとぷろ。」の総合プロデューサー。「さとぷろ。」により多くの市民が関心を持ち、参加するきっかけをつくるためのプロモーションやアイデアづくりで貢献する。
ライター:風音
撮影:西 優紀美

ロゴ: くらしふと信州

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