毎日の仕事のため、家でのリラックスの時間のため、また、特別な装いとして、日々の生活に欠かせない衣服。あなたは、いま自分の着ている服が、どんな人たちのどんな思いのもとに作られたものか知っていますか? 自分の身の回りにある服や、ものが作られた背景を想像してみると、「消費」の仕方が変わるかもしれません。
1940年に長野県千曲市で創業したフレックスジャパン株式会社は、これまで80年以上に渡りドレスシャツを作り続けてきたシャツの専業メーカーです。創業以来、B to B(※)を主軸にシャツを作ってきましたが、2020年からはto C(※)向けの新ブランドをスタート。伝統的なモノづくりに新たな価値観を付与し、次世代へと繋ぐ「co:do」や、「KÖGEN」といったシリーズを通して、「捨てない理由」のある服づくりに取り組んでいます。
※“Business to Business”の略で、ある企業が別の企業に対して商品やサービスを提供すること。
※“Business to ConsumerまたはCustomer”のことで、企業から消費者に対して商品やサービスを提供すること。
くらしふと信州は、脱炭素社会を目指す中で、豊かな自然と調和した信州らしい生活文化を見つめ直し、真の意味での持続可能な暮らしにシフトしていく方法を探っています。フレックスジャパンが、メーカーとして「ものづくり」と「消費」にどう向き合っているのか。新ブランド立ち上げに関わる、若手社員三人に話を聞きました。
<プロフィール>
矢島一隆さん 執行役員 経営企画部兼経理部
若手社員が部署を超えてざっくばらんに話し合う「若手の会」を結成するなど、新規事業立ち上げのキーパーソン。
櫻井太河さん ブランド事業部Skyrta責任者
販売の仕事に携わっていたことから、「作り手」へのリスペクトを持つようになり、結婚を機に長野に移住しフレックスジャパンに入社。
小林聖也さん コミュニケーションデザイン部 責任者
ブランディングに長年携わっており、地元である長野のメーカーの魅力を発信したいという思いからフレックスジャパンに加わる。
メーカーとして、大量生産・大量消費社会の中でできることは何か
――フレックスジャパンが、B to Cの新規事業を始めるに至った経緯を教えてください。
矢島さん アパレル業界が環境に与える影響を考えたのがはじまりです。世の中で服の生産量が増え続ける一方で、一着あたりの着用頻度は半分に減り、着なくなった服のほとんどは廃棄されています。しかし、B to Bの商売では、自分たちの作ったものが、消費者の手に渡った先までを見ることができません。若手社員の間で、「このままでいいのか」 という疑問が生まれていたことが、新規事業立ち上げの背景にあります。本来、服は使い捨てではなく、破れたら修繕し、着続けることができるものです。衣料品メーカーとして、自分たちにできることはないのかと考えました。
――メーカーとしての葛藤があったから、「消費のあり方」まで提案できるto Cブランドをはじめられたんですね。
写真左から、矢島さん、櫻井さん、小林さん。 |
小林さん ええ。例えば、ブランドの一つである「KÖGEN」のコンセプトは、「日用品のように、気兼ねなく、かつ長く大切に着ることができる服」です。性別や年齢を問わず着ていただけるように、カジュアルなシャツを少量生産で作っています。着る人にとってどんな便利なデザインか、実際に長く着ることのできる生地や縫製か、などを話し合いながら1つ1つの型を作っていて。どんな思いやこだわりでこの商品が出来上がったのかをしっかり伝えていくために、今は卸売をせず、自分たちから直接販売する方法を選んでいます。
――「KÖGEN」は、霧ヶ峰、上高地、乗鞍など、長野の高原をモチーフにしているんですよね。
小林さん 長野には100以上の高原があり、全国の中でも「高原」と名のつく地域が一番多い県なんです。自然資源がそれだけ当たり前にあるのは、長野の豊かさだと思います。その豊かな自然を守るためにも、いかに着続けたいと思える服を作れるか、着続けることのできるサポートができるかということを考えています。
――着続けることのできるサポートというのは?
小林さん 当社は、「KÖGEN」のシャツに限らず買った後も有償にてお直しを承ることができます。例えば、ボディの部分はまだきれいだけれど襟周りが痛んできてしまった場合、痛んだ箇所だけ交換することができるんです。継続的にお直しをすることで、お客様との関係性も構築できますし、着る側も愛着が増しますよね。売って終わりではなく、その先まで関係を続けていけるブランドでありたいです。
――お直しやパーツごとの交換ができるというのは、メーカー直営ブランドの強みですね。
小林さん 一着のシャツが、大体20数個のパーツで作られているとご存知ですか? だからこそ、汚れてしまったところだけ交換すればずっと着られるんです。でも、それって恐らく世の中にはまだあまり知られていない。メーカーとして、ただ作って売るだけでなく、長く着るための方法も発信していかないといけないと思っています。
背景や作り手の思いまで伝えることで、「捨てない理由」を服に織り込む
シャツ「co:do」のポップアップイベントの様子 |
――お直しのサービスの他にも、「長く大切に着られる服」を作るための工夫はありますか?
櫻井さん 「長く大切に着られる服」って、丈夫だとか物理的な理由以上に、愛着のような心理的結び付きが自分の中にあるなと感じていまして。SDGsに向けたアクションとして「トレーサビリティ(いつ、どこで、だれによって作られたのかを追跡できる状態にすること)」というものがあります。安全性のためだけでなく、作り手と使い手の思いを繋げる取り組みになればいいなぁと思って、自分たちを含む作り手のことや、作られた土地の背景まで見えるように発信しています。
「co:do」では地元の伝統工芸や作家さんとコラボレーションをさせていただいていて、装うことに興味関心のある若い世代にとって、そのアイテムを通して地元に根付いた文化に目を向けるきっかけになれば素敵だなぁと思っています。ポップアップショップでは、アイテムに使われている素材の原材料や出来上がるまでの工程も展示して、できる限り作られたときの熱量をそのまま届けられるように工夫していますね。
――では、素材も長野県産のものを?
櫻井さん それが、長野には生地を生産している地域がほとんどないんです。岡谷エリアの養蚕や製糸業、信州紬に代表されるシルク(絹)が有名ですが、それらの素材を普段使い用のアイテムに使おうと思うとどうしても価格が高くなってしまう。そこで、日本国内で伝統的なものづくりをしている生地メーカーを探して、そこに長野らしいエッセンスを足し、うちの工場で作る、という流れを目指すことにしました。
――長野らしいエッセンスというのは?
櫻井さん 例えば、「co:do」では、冬の寒さをしのぐために、日本各地で昔から着用されていた「半纏(はんてん)」を、現代のよそ行きのアウターとして新しくデザインしました。生地に使用しているのは、愛知県の毛織物の産地・尾州で作られたリサイクルウールです。尾州には、昔から羊毛再生の文化があり、全国から新品や中古品のウール100%のニットを集めて生地に織り直しているんです。リサイクルと言えど、生地の品質や存在感は新品に見劣りしないものでした。
その生地にどう「長野らしさ」を乗せようかと考えた時に思いついたのが、ボタンに長野の伝統工芸品を使うことです。江戸時代後期から松代地域で生産されている「松代焼」という陶器を使用しているのですが、この陶器は「日用陶器」と呼ばれ、日常生活で長く使うためのものなので硬くて割れにくいんです。
――業種は違えど、「ものづくり」に対する思いを共有できる方々とコラボレーションをされているんですね。
櫻井さん はい。松代焼の職人さんは、装飾品としてのアイテムを作るのは初めてでしたが、ものづくりを続けてきた上で「長く使えるものを作る」という部分が共通していたんです。直接先方のところに伺って、自分たちが目指すブランドのあり方や、作りたいものを伝え、理解していただいた上で協働に至りました。
松代焼の陶土には鉄分の多い地元の粘土等が使用されています。 |
櫻井さん 私が今着ている、昨年秋に発表したこのジャケットには、木曽漆器の作家さんとコラボしたボタンが使われています。信州には、伝統的なものづくりをしている職人さんや独創的な作家さんがまだまだたくさんいらっしゃるので、自分たちのことを面白いなと思ってくれる方々と出会い、愛着を持って長く付き合えるアイテムを一緒に生み出していけたら嬉しいです。
短期的な利益より、ものづくりを通して作りたい価値観を丁寧に伝えていく
――消費者と直接関われるB to Cの事業を始めたことで感じた手ごたえや、それを踏まえたこれからの展望はありますか?
小林さん 実は、B to Cの事業を本格的に始める前から、弊社には年間5000件ほどお直しの問い合わせがきていたんです。1日でいうと、13〜14件は問い合わせがある。「大量生産・大量消費」の時代と言われていても、それだけ「一着の服を直して長く着たい」という方々がいるのなら、会社としてしっかり向き合っていきたいと思い、福島県の双葉町に衣料再生の拠点「ひなた工房」を立ち上げました。
――長野県ではなく、福島の双葉町を選んだのはどうしてですか?
小林さん
双葉町は、震災で大きな被害を受けた上、原子力発電所の事故発生後からの避難指示が一部の区域(特定復興再生拠点区域)でようやく解除され、今まさに再生に取り組んでいる地域です。およそ12年間もの長い間、地域に人が帰ることができず、街に戻らないと決めた人も多いなかで、町長は「元に戻すのではなく、新しい町をつくりあげる」と話されていました。
その「再生」への姿勢に共感し、双葉町でなら、自分達が掲げる「思い出の再生と創出」にチャレンジできると感じました。工房の開設を通して双葉町の活性化にも寄与することを目指しながら、通常のお直しや修繕はもちろん、自分たちが長年培ってきた技術を使って、「思い出の再生と創出」をしていきたいと考えています。
――「思い出の再生と創出」というのは、どういうことですか?
家族が着ていた思い出の服を、ぬいぐるみ用にリメイク。思い出のこもった服を捨てずに残す方法を考えます |
小林さん 衣料品を直すことそのものだけでなく、その衣料品にまつわる思い出や価値を大切にすることです。亡くなったご家族が身に着けていた服や、お子さんが幼い頃に着ていた服など、特別な思い入れがあり、なかなか手放すことができない服ってありますよね。 リメイクやリフォームを通じて、そういった服を生まれ変わらせることで、思い出と一緒に歩んでいけるようにしたいと考えています。
――先ほどの二つのブランド、そして「ひなた工房」に共通する「一つのものを長く大切に使ってもらう」というコンセプトと、メーカーの「たくさん作ってたくさん売る」という利益構造は相反すると思うのですが、社内の理解を得るのは大変ではありませんでしたか?
矢島さん B to Cと比べると、B to Bの方が安定して売り上げを確保しやすいことは事実です。長い目でみたら会社や社会のためになるとは言っても、会社を存続させるためには直近の売上の数字が取れないといけませんし、新規事業はすぐに利益が出る保証はありません。それでも、メーカーとして、自分たちが作ったものに対して無責任ではいられません。丁寧に説明を重ねて、理解していただける方を増やしていくしかないと思います。今回の新ブランド立ち上げ目的に関しては、本社だけでなく、天草など各地の工場にも赴いて、社員全員と顔を合わせながら説明会を行いました。
「KÖGEN」のモデルは全て社員を起用しています。 |
小林さん 何百人規模で人を集めるのではなく、数十人という小規模で説明を行なってもらえたのが良かったですね。みんな聞き方が変わりますし、より僕たちの思いが伝わったように感じました。社内でも、「そういうことをしようとしていたんだね」と応援してくれる人が増えました。そもそも、自分たちのブランドを広げていくには、そのブランドを作っている会社の人たちが製品を好きじゃないと広がっていかないと思うんです。立ち上げに当たっては、まずは社員に理解される、愛されるブランドを目指しました。
一着の服をきっかけに、「消費」の仕方を見つめ直してもらえたら
――「消費」の流れを変えていくには、作り手だけでなく買う側の意識も大切だと思います。消費者として、物を買う上で何を意識したらいいでしょうか。
小林さん まず、「これは捨てられない」と感じるものを買うことだと思います。どんな物も、絶対に誰かの手を介して作られていて、目には見えないストーリーがある。どこで作られたのか、どんな素材が使われていて、どんな人が作っているのか。そういう背景を想像したり、調べてみたりすることで、自分の中で物を大切にする理由が生まれます。「これってこういうストーリーがあるんだよ!」と人に話したくなる物は、手放したくなくなると思うんです。
――そもそも、買う段階で「捨てる」という選択肢が持てないものを選ぶ。
櫻井さん 愛着を持てるかどうかですよね。でも、「高いものだから、大切にするべき良いもの」とくくってはいけないと思います。低価格だけど、気の利いたデザインで、自分のツールとして暮らしに馴染んでいるものってありますよね? それはきっと、ちゃんと使い手のことを考えてデザインされたプロダクトだから。
個人的には、今後フレックスジャパンの中では、安価とまではいかなくても、手を伸ばしやすく、かつ愛着が持てるものを作っていきたいです。「憧れではあるけれど、私の生活には関係ない」と思われてしまうと、その人との接点がなくなってしまう。何か一つでも、「手の届く価格帯ではあるけれど、使い捨てせずに長く使いたくなる」というとっかかりがあれば、そこからブランドの理解につながるのかなと。
――たしかに、いくらストーリーや思いが分かっていても、一着の服に数万円を払うのは少しハードルが高く感じる人もいるかもしれません。
小林さん シャツに数万円を使うのは、初めはどうしてもハードルが高いと思います。でも、長いスパンで考えてみると、一着数千円のシャツを捨てては買い換えるのと、一着のシャツをお直しして長く大切に着ていくのが同じ額だった、ということがあり得る。だったら、愛着の持てるいいものを長く使う方がかっこいいかもな、と少しでも思ってもらえたら、世の中の流れも変わってくると思うんです。
――ものづくりを通して、買い手の意識や消費活動の流れを変えられるかもしれない。
小林さん 消費行動というのは、いろんなものに波及すると思います。一着のシャツを長く大切にすることを覚えたら、じゃあ靴は?カバンは?と、他の持ち物に向ける目も変わってくる。微々たる力かもしれませんが、自分たちのブランドを通してそのきっかけ作りができればと思っています。
――そのためには、作り手と消費者、双方の意識が変わっていかないといけませんね。
矢島さん メーカー側は、「自分たちは価値のあるものを提供している」と思いたいんですよね。でも、私たちがどれだけいいものを作っても、お客様にそれをいいものだと感じていただけなければ、こちら側の自己満足になってしまう。受け取る側がどういう価値を享受するかが大事です。世界観を持って、いいものを作って、メッセージがしっかり伝わるように発信して、わかってもらう。かといって、価値観を押し付けるのではなく、少しずつ「いい」と思っていただける方を増やして、自分たちの大切にしたい世界観を広げていきたいです。
――「作って売る」だけでなく、「伝える」段階まで、ブランドとして一貫して行うと。
矢島さん 「エシカル」や「サスティナブル」という言葉はキャッチーですが、その言葉だけに頼っていてはいけないと思いますし、私たちはそこを目指しているわけではないんです。
SDGsに関心があったり、エシカルな暮らしを実践されている方々は、「エシカルな生活」が好きというよりは、自分の価値観に従って生きることを大切にしているんじゃないでしょうか。私たちも、ただ「良い服を選んで、大切に着ましょう」と価値観を押し付けるのではなく、「愛着の持てるものや、思い出を大切にする人生を選びたい」という価値観を発信して、共感していただける方を増やしていきたい。その結果として、ただ消費するだけの生活が少なくなっていくことを目指しています。
Profile
執行役員 経営企画部兼経理部
若手社員が部署を超えてざっくばらんに話し合う「若手の会」を結成するなど、新規事業立ち上げのキーパーソン。
<櫻井太河さん>
ブランド事業部Skyrta責任者
販売の仕事に携わっていたことから、「作り手」へのリスペクトを持つようになり、結婚を機に長野に移住しフレックスジャパンに入社。
<小林聖也さん>
コミュニケーションデザイン部 責任者
ブランディングに長年携わっており、地元である長野のメーカーの魅力を発信したいという思いからフレックスジャパンに加わる。
撮影:西 優紀美
くらしふと信州は、個人・団体、教育機関、企業、行政など多様な主体が分野や世代を超えて学び合い、情報や課題を共有し、プロジェクトを共創する場です。
多くの皆様の参加登録を受け付けています。
https://www.kurashi-futo-shinshu.jp