イベント

【レポート】未来を変えるための社会対話 「暑すぎる夏を終わらせる日」 フラッグシップイベント(2026年8月7日/渋谷)

かつて“異常気象”と呼ばれた現象が、いまや私たちの暮らしの前提を揺るがしています。 こうした危機に対し、科学・産業・行政・市民が一堂に会し、「未来を変えるために何ができるか」を議論するため、日本気候リーダーズ・パートナーシップ(JCLP)が「暑すぎる夏を終わらせる日」フラッグシップイベントを東京・渋谷で開催しました。

 

【第1部】
1. 開会挨拶山下良則さん(JCLP代表理事)は、近年の異常な暑さが「偶然ではなく、地球温暖化によって確実に増えている現象」であると強調しました。特に「40度」という数字が日常化しつつある危機感を語り、農作物価格の上昇や、公園から人が消えるほどの暑さが“暮らしそのものの問題”になっていると指摘しました。
さらに、「私たちの子どもたちから借りている地球を、きれいに返せるのか自信がない。だからこそ、皆で力を持ち寄りたい」と、ネイティブアメリカンの言い伝えを引用しながら、未来世代への責任を訴えました。

(写真提供:「JAPAN 8・8 PROJECT」)

 

2. 猛暑と気候変動を科学的に理解する

渡部雅浩さん(東京大学大気海洋研究所 教授/極端気象アトリビューションセンター(WAC)共同代表)
渡部教授はまず、「現在の猛暑は偶然ではなく、地球温暖化によって確実に増えている」と明言しました。気象庁のデータでは、年間猛暑日日数が50日を超える地点が顕著に増加しており、気温の“ベースアップ”が極端気象を引き起こしていると説明。 その上で、「科学的事実を研究室に留めず、社会全体で共有してほしい」と、参加者に向けて行動を促しました。

●今田由紀子さん(東京大学大気海洋研究所 准教授/極端気象アトリビューションセンター(WAC)共同代表)
今田准教授は、イベントアトリビューション(特定の異常気象に地球温暖化がどの程度寄与したかを定量的に評価する手法)の最新研究から、「現在の猛暑が発生する確率は、温暖化がなかった場合の約34倍」 となることを示し、会場に強いインパクトを与えました。 太平洋高気圧・チベット高気圧の張り出しなどの気圧配置と、温暖化による気温上昇が重なることで「暑すぎる夏」が必然的に起きていると解説しました。

(写真提供:「JAPAN 8・8 PROJECT」)

 

3. 現場①:暑すぎる夏が壊す生活-生活に密着する現場から
第1部の後半では、猛暑が私たちの生活の基盤をどのように揺るがしているのかを、農業・下水道・スポーツ、メディアなど現場の専門家が語りました。酷暑は単なる気象現象ではなく、生活のあらゆる場面に深刻な影響を及ぼしていることが浮き彫りになりました。

● メディア:“危険な暑さです”を毎日伝える
朝日放送お天気キャスターの正木義之さん(気象予報士・防災士)は長年の気象情報の発信経験から、近年の猛暑が「暑くなる年」と「さらに暑くなる年」しかない状況に変わってしまったと指摘しました。 視聴者から寄せられる相談も「暑いですね」という季節の挨拶から、「命に関わる暑さです、どうすればいいですか」という切実な声へと変化していると述べ、気候変動が生活者の不安を急速に高めている現状を紹介しました。
また、「毎日のように“危険な暑さです”と伝えることになるとは思わなかった。これは気候変動が私たちの暮らしの当たり前を奪い始めている証拠です」と語り、気候変動を“未来の話ではなく、今起きている現実”として捉える必要性を強調しました。
さらに、暑さの影響は子どもや高齢者、屋外で働く人など弱い立場の人ほど大きいとし、「社会全体で備え、行動しなければならない」と、気象予報士としての責任と覚悟を示しました。

● 農業:作物が育たない、収穫できない
農業関係者として登壇した岡部孝典さん(日本農業新聞みどりGXラボ統括ディレクター)は、近年の猛暑が「農作物の生育そのものを脅かしている」と指摘しました。
• 高温で花が落ち、実がつかない
• 収穫期が極端に早まる、あるいは遅れる
• 水不足で灌漑が追いつかない
• 病害虫の発生時期が変わり、対策が後手に回る
今年はトマト・レタス・果樹などで品質低下や出荷量の減少が顕著で、価格上昇にもつながっています。「暑さは農家の努力ではどうにもならない壁になりつつある」という声が印象的でした。

● 下水道・インフラ:都市機能が熱に耐えられない
下水道の専門家、日本下水道協会企画部長の奥野修平さんは、都市インフラが猛暑によって限界を迎えつつある現状を説明しました。
• 高温で下水処理場の微生物が弱り、処理能力が低下
• 集中豪雨と猛暑が同時に起きることで排水設備が過負荷
• アスファルトの温度が60度を超え、路面の変形や劣化が進行
「インフラは気候変動の最前線にある。暑さは都市の安全そのものを揺るがしている」という言葉が会場に重く響きました。

● スポーツ:屋外活動が成立しない
スポーツ分野から登壇した貝塚大和さん(日本サッカー協会協議運営部国内グループ長)は、猛暑が競技環境を根本から変えていると語りました。
• 夏の大会が開催できず、早朝開催に変更
• 熱中症リスクの増加で練習量が確保できない
• 子どもや高齢者のスポーツ参加が減少
学校現場では部活動の中止や短縮が常態化し、「スポーツが健康を支えるはずなのに、暑さがその機会を奪っている」という指摘がありました。

● 暮らし全体への影響
猛暑は生活のあらゆる領域に波及しています。
• 公園から人が消え、子どもの遊び場がなくなる
• 高齢者の外出が減り、孤立リスクが増加
• 電気代高騰で冷房が使えず、健康被害が増える
• ゴミ収集や配送業務が危険作業になる
それぞれの現場からあがった具体的な事例は、じわりじわりと私たちの生活の質を低下させる“歓迎できない変化”、“困りごと”として多くの共感を得ていました。

(写真提供:「JAPAN 8・8 PROJECT」)

 

4. 現場②:雪が映す地域と産業の未来-日本のスキー場への影響予測から―
次に、観光地理学の視点からスキー観光の持続可能性を研究する吉沢直さん(北海道大学大学院国際広報メディア観光学院講師)が登壇。5歳の時に長野オリンピックを体験したことが原体験となり、雪と観光の関係を追い続けているという吉沢さんは国内外の厳しい現状を報告しました。「現在、地球温暖化による深刻な雪不足により、フランス国内にある全584のスキー場のうち、実に168ものスキー場が閉鎖に追い込まれています(全体の約29%に相当)。これは決して欧州だけに限った話ではありません」と警鐘を鳴らします。

日本のスキー産業は、バブル崩壊以降にスキーヤー人口が500万人規模へと半減したものの、近年ではその圧倒的な雪質の良さから「Japan Powder(JAPOW)」として世界中のインバウンド客から高い評価を受け、地域の基幹産業として再興しつつあります。しかし、吉沢さんのシミュレーション研究によると、「もしこのまま地球の平均気温が4度上昇した場合、日本国内で安定して稼働できるスキー場はわずか7カ所しか残らない」という衝撃的な予測が示されました。
これを受け、後半は、行政、民間企業、アスリート、スキー場経営それぞれの立場から、気候変動がもたらすリアルな影響と対策について、熱を帯びたディスカッションが展開されました。

● 小野塚彩那さん(フリースタイルスキーヤー/POW Japanアンバサダー)
「常に自然を相手にするプロのアスリートとして、ここ5年ほどの間で雪の変化をものすごく強く感じています。以前は日本が世界に誇るサラサラの『パウダー(新雪)』だった雪質が、明らかに湿度を帯びた『ねっとりとした粘り気のある新雪』へと変わってきています。一昨年と昨年を比べても変化は明らかで、白馬村に30日ほど滞在した際も、新潟の水分を多く含んだ雪質に近づいていると感じました。降雪量や雪の変化も含め、ここ5年くらいですごく変化しているという危機感を持っています。このままでは、雪を知らない子どもたちが出てくるのでは。自分がスキーヤーとして、また一人の人間として、5歳の我が子に対して自分の功績や美しい自然を伝えられなくなってしまうのではないか」と強い危機感を露わにしました。

また、アスリートの立場から「雪がなくなれば死活問題です。まずは子どもたちに雪に興味をもってもらい、地球温暖化についても興味を持ってもらいたい。私たちが享受してきた恵まれた自然環境の素晴らしさを、スキーヤーとして次世代へ伝えていきたい」と前向きな姿勢で自ら取り組める対策を示していました。

● 佐藤文昭さん(東急不動産リゾート事業本部統括部長)
「現場でスキー場を運営する立場として、雪不足は本当に深刻だと感じています。シーズンインの時期が遅れ、終わりの時期も早まっています。昨シーズンもまさに『遅いスタートと早い終わり』でした。このまま雪不足が進めば地域経済にとっても大きな影響がありますし、ゴンドラや索道(リフトなど)の維持管理や整備ができなくなってしまいます。また、雇用という観点からも多くの方が数百人単位で働いており、経済のドライブを担っています。白馬村でも人口の半数がスキー産業に従事しているため、地域共生という観点からともに繁栄していこうとする中で、大きな影響があると捉えています。

人工降雪機についても、気温が十分に下がらない限りはただの水になってしまうため、ビジネスとして成り立ちません」と現場の厳しさを伝えました。その上で、「環境と教育をうまく融合した取り組みとして、地元の小学生にリフト券を配り、まずは雪に親しんでもらう試みを行っています。

恵まれた自然環境をリゾートとして守るためにも、民間企業が果たすべき役割を全うしていきたいと考えています」と方針を話しました。

● 龍野真一さん(長野県環境部ゼロカーボン推進課長)
「山に囲まれ、自然環境が豊かな長野県においては、スキーだけでなく、地域経済・雇用・生態系・農業用水など多方面に影響が出ることになる」と警鐘を鳴らしました。「雪解け水は地下水となり、農作物を潤しています。特に安曇野のわさび田に象徴されるように湧水の質・量・温度が、日本でも突出して安定しています。雪が減れば農業用水も減るリスクがある。そうなれば都会の食卓を支える地方の農業にも影響するでしょう」と述べ、全国的な課題であることを強調しました。

同県は本イベントの後援団体でもあり、県としても“暑すぎる夏を終わらせるWEEK”に参画しています。行政の果たすべき役割については、「多くの地域で『地域の発展=スキー場の発展』となっているため、行政としても次から次へと対策を迫られており、冬一辺倒の依存から脱却し、夏山や秋の観光の推進やインバウンド施策など通年で地域経済を回す“適応策”に力を入れています。その上で、気候変動の根本原因を抑える“緩和策”が極めて大事だと考えています。長野県は豊富な水資源を活かした小水力発電の導入実績全国ナンバーワンを誇ります。行政として強力な緩和策を打ち出し、未来を守っていきたい」と県として方針を示しました。

(写真提供:「JAPAN 8・8 PROJECT」)

 

【第2部】
第2部では、未来の天気予報が示す“あり得る現実”を直視した上で、すでに動き始めている解決策が紹介されました。 行政・企業・市民がそれぞれの立場から「覚悟」を語り、「脱炭素で日本を強くする」という共通の方向性が示されました。

1.2050年の天気予報(Ver.2)-その内容と制作の背景-
江守正多教授らが登壇し、「2050年の天気予報(Ver.2)」の制作背景と危機感を共有しました。気候変動が進んだ未来の“あり得る天気”をビジュアルで示し、会場に強いインパクトを与えました。

2.【解決】脱炭素イノベーターが語る解決の方向
アイ・グリッド・ソリューションズ、アスエネなどの企業が登壇し、再エネ導入、デジタルによる排出削減、地域連携など、具体的な解決策を提示しました。

3.【覚悟】リーダーたちの覚悟-脱炭素で日本を強くする-
小池百合子東京都知事らが登壇し、「脱炭素で日本を強くする」というメッセージを発信しました。企業・行政・市民が一体となった行動の必要性が語られました。

(写真提供:「JAPAN 8・8 PROJECT」)

 

【サイドイベント】
● Four Futures(没入型気候体験)
IPCCの4つのシナリオを映像と音響で体感できるコンテンツが公開されました。

● ご当地キャラ「暑すぎる夏を終わらせる賞」
SNS175投稿から選ばれたキャラクターが決勝戦を実施し、神奈川県葉山町の「ミューシー」が金賞を受賞しました。

(写真提供:「JAPAN 8・8 PROJECT」)

 

【所感】
本イベントは、科学・産業・行政・市民・スポーツ・キャラクター文化まで多様な領域が一堂に会し、「気候変動を自分ごと化する」ための新しい形の社会対話となりました。
猛暑・豪雨・雪不足・農業・観光・生態系・都市生活——どれも“遠い未来”ではなく、すでに私たちの暮らしの中で起きている現実です。
登壇者の言葉を借りれば、「誰かひとりの力では終わらせられない。みんなが力を持ち寄れば、未来は変えられる」というメッセージが強く響くイベントとなりました。

“くらしふと”したくなったら